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第47話 黒い森

last update Last Updated: 2025-06-07 16:21:53

 私は興奮のあまり手を握った。

 戦う男たちの姿が目の前にある!

 英雄叙事詩と違って、相手は魔物だけど。

 いや、魔物だからこそ殺す罪悪感や嫌悪感はなく、純粋に応援して見ていられる。

 よく目を凝らせば、隊列の中ほどにベネディクトの姿があった。

 自身も剣を振るいながら兵士たちを指揮している。

 今も兵士の背後を襲った灰色の獣を斬り飛ばした。鮮やかな手腕だった。

 かっこええ――!

 特にあの、助けてもらった兵士が尊敬の表情で彼を見たとこ! めちゃおいしい!

 ぎゅっと握った手が熱くなる!

「フェリシアちゃん?」

 背後でクィンタの声がしたが、今はそれどころではない。

 ベネディクトは獅子奮迅の活躍を見せた。大きなトンボのような魔物を斬る。

 けど刃が魔物の体から抜けないうちに、横合いから別の魔物が飛びかかった!

 身を巡らせた彼の瞳が大きく見開かれる。

 危ない、叫んだところで届くはずもない。

 けれど魔物は空中で動きを止め、そのまま地面に落ちた。

 魔力で作られた矢が鋭く飛来して、魔物の頭部を撃ち抜いたのだ。

 矢は私の背後から放たれた。つまり。

「ったく、ベネディクト! てめえ油断してるんじゃねえぞ!」

 クィンタが怒鳴った。

「余計な手出しをするな! お前はフェリシアをしっかりと守っていろ!」

 ベネディクトも怒鳴り返した。けれど口調と裏腹に、口元には笑みが浮かんでいる。

 ベネ×クィだ!!

 まさに理想のベネ×クィ!!!

 口では悪口言い合いながら、心底では信頼し合っている幼馴染カプ!

 私は興奮して頭がくらくらした。目の前でメガトン級の萌えを提供されれば、誰でもこうなるっ。

「あああ……」

「フェリシアちゃん?」

「もうたまらねぇ――――!」

 萌えたぎる心のままに叫んだら、光が洪水のようにあふれた。

 さっきまで薄暗かった黒い森の中が、急
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